何某と黒猫

何某の傍らに居る黒猫は、どうも猫らしからぬ猫である。
名を呼べば馳せ参じ、目が合えば挨拶を欠かさぬ。
まるで門番か書生の如く律義である。
厠に赴けば後ろからぞろぞろとついて来る。
これでは独立独歩の猫とは到底言い難い。
また何某が机上に向かい怠惰に原稿を弄ぶ時には、かの黒猫は必ず側に這い寄り、長々と寝そべる。
何某が動かぬ限り、彼もまた動かぬ。
これは猫というよりは影法師である。
一度粗相をしようものなら、途端に目を逸らし、尻尾を翻して逃げ去る。
罪を認める点では、かえって人間より潔いかもしれぬ。
されど気まぐれの片鱗も忘れたわけではない。
己が気の向いた時のみ甘え、 飽きればまたぞろ逃げる。
まことに不可解なる存在だ。
猫は気まぐれである――そう信じていた何某にとって、 この律義でいて奔放、
従順にして気紛れなる黒猫は、 猫の概念を覆す新種の生き物のように見えてならぬのである。