誰に見せるでもなく

何某が書く理由は、二匹の猫にある。
気がつけば十五年を共に過ごし、彼らもすっかり年を重ねた。
かつては家中を駆け回り、戸棚に飛び乗り、わざと茶碗を倒しては何某を困らせたものだが、今では一日の大半を眠って過ごすようになった。その寝顔を見つめていると、愛おしさと同時に「いつまで一緒にいられるのだろう」という切なさと寂しさが胸をよぎる。

昔の写真や出来事は、携帯端末を替えるうちにほとんど残っていない。
だからこそ、これからを記しておきたい。
律儀で気まぐれ、従順で奔放――矛盾だらけの存在である猫たちと過ごす日々を、言葉や絵、写真に留めておきたいのだ。

世間では猫は気まぐれだと言う。
しかし何某の傍らに居る二匹は、それぞれに異なる気まぐれを持っている。
一匹は呼べばたちまち飛んできて、都合が悪くなると潔く退散する。
もう一匹は「私のことなど放っておいてくれ」とでも言いたげに、常に一定の距離を保ちながら生きている。まるで「我関せず」を地で行く風情だ。
対照的なようでいて、どちらも不可解で、そして愛おしい存在である。

何某が書くのは、猫と共にある時間を確かめるためである。
そしてまた、この不思議な隣人たちを語り伝えるためでもある。
猫を記すことは、同時に自分自身を映し出すことでもあり、日々を見つめ直すことでもある。

この記録は、誰かにとって大げさな物語ではない。
誰に見せるでもなく書き留めたものにすぎない。
けれども、猫と暮らしたことのある人なら、少しでも思いを分かち合ってもらえるかもしれない。